
カメハメハ大王像、カパアウ、ビッグ・アイランド(ハワイ島)
クイック・ファクト
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NAME: カメハメハ大王像、カパアウ
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WHAT: 生誕地近くにある最初のカメハメハ大王像
- WHERE: カパアウ、ハヴィのすぐ東

ノース・コハラのかわいい町ハヴィを越えると、小さな町カパアウがあります。ハワイの偉大な王の生誕地に近いノース・コハラ・シビックセンターの前に、オリジナルのカメハメハ大王像が建っています。
偉大な戦士で統治力にも優れ、民衆のリーダーだったカメハメハ大王。長年の闘争の末、1810年にハワイの島を統一して王国を築きました。 ハワイの伝説では、 鳥のような羽のある光が空に輝くとき、それは偉大な首長の誕生の前兆であると言われています。 歴史研究家は、カメハメハが生まれたのはハレー彗星がハワイ上空を通過した1758年だと考えています。まさに偉大なリーダーになる運命だったのです。 カメハメハ大王生誕の地、モオキニ・ヘイアウ州立記念碑は車ですぐ近く。
パイエアと名付けられた未来の王は、対立する一族から逃れるため、生後すぐにハマクア・コーストの人里離れたワイピオ渓谷に隠されました。命の危険が消え去るとパイエアは表舞台に戻り、カメハメハ(ハワイ語で「孤独な人」)と改名。 戦士として訓練を積み、重さが2.5~3.5トンもあるナハ・ストーンをひっくり返すほどの強い力を発揮しました。 伝説では、ナハ・ストーンを持ち上げた者が天下を制すると言われていました。 現在、ナハ・ストーンはヒロのヒロ公立図書館前に展示されています。
当時、首長間の戦いは各島に広がっていました。 1778年、キャプテン・クックがハワイに到着し、カメハメハの大志に賛同。 西洋の武器と知恵を受け、カメハメハは、マウイ島のイアオ渓谷とオアフ島のヌアヌ・パリでの激戦を制しました。コハラ・コーストにある要塞のようなプウコホラ・ヘイアウ は、カメハメハがハワイを統一するとの予言を受けて1790年に建てられたものです。1810年にカウアイ島のカウムアリイ王がカメハメハ王の属国となることに合意し、予言が現実に。 晩年は故郷の島の西岸カイルア・コナで過ごしました。
それぞれの島に統治者が存在する状況では、西洋の圧力にさらされてハワイが分裂していたかもしれません。カメハメハ大王による統一は大きな功績です。 カメハメハ大王像は各地にあり、1番有名なものがオアフ島イオラニ宮殿向かいに建っています。 カパアウにある大王像にはミステリーに包まれた逸話があります。
1880年にイタリアのフィレンツェで建造した大王像を ホノルルまで運ぶ船がフォークランド諸島沖で沈没。 代わりの大王像をホノルル・ダウンタウンに建てて、これがオアフ島の記念撮影スポットになっていました。 ところが、海に沈んだ最初の大王像が1912年に発見され回収されたのです。 修復された大王像は、カパアウのカメハメハ生誕地そばに設置されました。 よみがえったハワイ王国最初の統治者の像。ハヴィからポロル渓谷展望台への途中、小さな町カパアウに寄って見てみましょう。
1997年には、新しいカメハメハ大王像がビッグ・アイランドの東側ヒロ・ダウンタウン のワイロア州立公園に建てられました。 ヒロはカメハメハ大王が初めて政権を設立した町で、今はビッグ・アイランドの首都です。 毎年6月11日のカメハメハ・デーは大王の功績を記念する祝日。大王像にレイを掛けてお祝いします。

